判断に迷ったときは、はたして直感に委ねてもいいのか
私たちの人生は決断の連続である。
物心ついてから死ぬまでに誰にでも決断という行為は
ついてまわる。
一説に、世の中では逃れられないものが二つあるという。
「死」と「税金」である。
そしてまたそれに付け加えて私は三つあると考える。
「死」、「税金」そして「決断」である。
決断にはその場で求められるものもあるが
いつでもできる類のものまである。
しかし最終的には何らかの決断を下さなければならない。
それがどんなに先延ばしができても。
普通、決断には過去の自分の記憶や外部の情報などが判断材料として
もちだされる。
しかしどんな成功事例などを聞いていたり、自分が過去において
決断を下し、よい方向に事が運んでいたとしても
はたして情報どおりにいかなかったこともあるはずだ。
ある程度時間を要する判断ならまだいい。
しかし緊急を要する判断には情報を整理したり、
他人にアドバイスを請うことなどはできないのである。
特に極端ではあるが命の危険などにかかわったときなどは
その瞬間の決断が求められる。
私は迷ったときには直感による決断に最も信頼をおいている。
どんな高名な専門家にも判断を委ねない。
決断の最高の判断基準は自分の直感なのである。
それはスポーツにおいて、わかりやすく例えることが出来る。
例えばサッカーにおいての場合。
サッカーにおいてはすべてが流動的で止まっていることはない。
その瞬間瞬間で決断が求められる。迷ってしまっては判断が遅すぎて
すべてが連鎖的にダメになってしまうのだ。
サッカーにおいては個人としてもチームとしても中途半端な考え行動は
とことん慎まなければプレーが成り立たない。
すべてのプレーは瞬時の判断による。
瞬時の判断が的確に出来るプレーヤーこそ
真のプロフェッショナルのプレーヤーである。
判断ミスをしたとしても、すぐに次の判断が待ち受けている。
それこそ決断の連続なのだ。
こんな状況ではほとんどすべては直感に委ねないと
間に合わない。
じっくり考えたり、情報を頭の中で整理や処理したりする
暇などないのだ。
迷ったときには直感に委ねるしか方法がない。
直感とは自分自身を信じるしかない方法だ。
私にとって直感とは見えないチカラ、神のチカラである。
意識的に決断することにおいて直感を100%信頼している。
目に見えるチカラよりも目に見えないチカラを信じることによって
自分の身を守ることにも、自分を進化・成長させることにも
底知れないエネルギーを活用できるようになる。
最終的には人間は自分ですべての責任を取らなければならない。
結局、信じられるのは自分自身だけなのだから。
しかし直感という私たちには信頼のおける友がいる。
直感を大切にすることによって、直感も私たちを大切に
してくれる。
とにかく直感を大切にすることですべてはうまくいく。
思考より、記憶より、他人の意見より、直感にすべてを
委ねて生きることが自己実現への絶対的なバイブルなのだ。
直感において決断したことは長期的に観て
最良の判断であるということは確かなことであることは
間違いはない。
